形をみせる

 先日、クラスで教えた後、帰宅途中の車の中で何となく考えたこと。
 ヨガクラスの場合、初めてやるものに関しては、生徒さんに見本を見せて、説明してから動いてもらうことが多い。見本を見せた段階で、それぞれの人の中で既に情報がかなり処理されてしまう。そのために、その形に持っていくために、自分のパターンを無意識になぞって、動いてしまうことが多いように感じた。
 私のほうでは、動き方のポイントなども伝えてはいるけれど、人によっては、その部分を飛ばしてしまい、最終形へと既に意識が行ってしまう。その間の部分は、強力に自分の癖に支配されている。最初と終わりの間の意識が薄いので、自分がどう動いているのかがあいまいになる。最終形を見た瞬間に、その形に支配され、自分のパターンが作用しだす。
 ああ、だからフェルデンクライスは見本を見せずに、言葉だけの指示で進めるのかと思った。フェルデンクライスはその「間」である過程を大切にするメソッドである。自分のパターンを壊していく過程でもあるフェルデンクライスでは、きっと形を見せることは禁じ手なんだ。
 ヨガでも、ポーズそのものと同時にポーズからポーズへ移る過程も大事だと思う。けれども、実際自分がどう動いているのかを認識することは大変なことだ。繊細な観察力が求められる。フェルデンクライスとはアプローチが違うけど、でもその部分を磨くことによって、きっとヨガはもっと魅力的なツールになるだろう。

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